大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和25年(行モ)3号 決定

申立人代理人は「浦和地方裁判所昭和二十五年行第十二号町長解職請求署名簿の署名異議申立に対する決定取消請求事件の判決が確定するまで、被申立人が昭和二十五年十月二日になした鴻巣町長解職賛否投票に関する告示(鴻巣町選管告示第二十一号)の効力発生を停止する」との決定を求め、その理由とするところの要旨は、訴外飯山一司は申立人が鴻巣町長として不適任であるということを主張して町長解職運動を起し自らその請求代表者となり、昭和二十五年六月三十日に被申立人から所定の証明書の交付をうけた後町長解職の署名しゆう集を開始し、同年七月十日に三千五百五十五名の選挙有権者の署名を得てその署名簿を被申立人に提出して、それに署名し印をおした者が選挙人名簿に記載された者であることの証明を求めた。

そこで被申立人はその署名の効力の審査を行い、右三千五百五十五名中合計四百六十八名の署名を無効とし、その他の署名は有効と決定してその旨を証明し同年七月三十一日から同年八月六日までの間鴻巣町役場においてこの署名簿を関係人の縱覧に供したところ、署名が無効であるとして異議を申立てたものが九百八十二名に達した。しかるに被申立人委員会はこのうち百九名についてのみ異議申立を認めその他の者の異議はすべて却下し結局二千九百七十八名の署名を有効と認めてその旨を告示し、署名簿を解職請求代表者である訴外飯山一司に返付したが有効署名と認められた数は鴻巣町における有権者総数六千八百九十一名の三分の一である二千二百九十七名をこえるものである。その後右訴外人は法定期間内である同年八月二十三日に被申立人委員会に対してあらためて鴻巣町長の解職を請求し同委員会は同日これを受理し同月二十五日に法定の告示並に公表を行い、更に同年十月二日には同月二十二日に解職賛否投票を行う旨の告示をした。しかしながら異議申立人に対する被申立人の決定には次に述べるような重大な瑕疵がある。即ち被申立人は異議申立総数九百八十二名中僅か百七十七名についてだけしか審査を行わず、その他の者については何の策をも施すことなく異議申立を却下したのであるが元來訴外飯山一司等はその署名を集めるに当つて虚構の事実を記載した解職請求要旨を配布したり威嚇手段を用いたりしていたのであるから詐僞或いは強迫による署名として無効になるべきもの或いは自署でないために無効となるべきものが相当数あつた筈である。このことは審査をした百七十七名中に百九名も異議を認めるべきものがあつたということからも充分窺われることであり被申立人において今少しく実質的な審査を盡していたならば却下された者の中にも異議の申立を認めらるべきものが多数存在するということが判明し、その結果は有効署名者数が鴻巣町における有権者数の三分の一である二千二百九十七名に達しなくなつたであろうことは容易に推測できるところである。またかりに、異議を申し立てた後更にそのうち或る者から取下書を提出したような事実があつたとしても本件の場合はそれらはいずれも異議申立人の眞意に反した無効なものであるから審査の対象から除外できないことは勿論である。さて申立人は署名簿の署名に対する異議申立期間中に関係人として前記のような重大な瑕疵の存在を理由として署名の効力に関して異議を申し立てたのであるが、この申立は被申立人によつて却下されたので法定の出訴期間内である同年九月二日に町長解職請求署名簿の署名異議申立に対する却下決定の取消を求める本案訴訟を浦和地方裁判所に対して提起したのである。然しながらこのまゝ推移すると右本案訴訟の確定前に解職賛否投票期日が到來して投票が行われることになるのであつて、そのような事態になると鴻巣町としてその選挙を施行するために十数万円の費用を支出しなければならなくなり、且万一解職に賛成する投票が過半数を占めた場合には申立人は直ちに職を失うことになり、いずれにしても申立人は回復することのできない損害を蒙るおそれがある。また重要な公共団体の長を失職させてその職を長期に亘つて不安定におくことは公共の福祉を阻害し重大な惡影響を及ぼすから、解職投票に関する一切の処分の執行を停止して投票を行わせない緊急の必要があるというのである。

さて、申立人の主張するように異議を申し立てた九百八十二名のうち異議を認められた百九名以外の者の異議申立に対する被申立人の決定が果して適法であつたか否かについての終局的な判断は本案裁判所の決するところによるわけであるが、当事者双方に対する審訊の結果並びに提出せられた疎明資料を綜合して考えてみると、右の九百八十二名の異議申立のうち、二百四十三名は被申立人がそれにつき決定をする以前にその申立を取下げたこと、三十五名は異議の前提となる署名がそもそも署名簿に存在しないのにその署名の効力に関し異議の申立をなしたものであること、また四十九名は被申立人が既に自ら無効な署名と決定したものについて再び無効を主張した異議の申立であつたことを認めることができるから結局これら三百二十七名を控除した残りの六百五十五名について被申立人が決定をしなければならなかつたわけである。

そこでこれらの者の異議申立がすべて認容されるべきであつたという最も申立人に有利な場合を想定してみても、なお有効な署名者は二千四百三十二名残ることになるのであつて、これは鴻巣町における有権者総数の三分の一である二千二百九十七名をこえることになり、町長の解職請求が違法となることはないと認めなければならない。申立人は右二百四十三名の異議申立の取下は眞意に反する無効なものであると主張するけれどもこの主張を認めるに足る疎明資料はなく、かえつてこれらの取下書が被申立人に対して提出された際に被申立人は署名、印影の対照をするなどこれらの書面が取下者の眞意によつたものであることを一應うなづける程度まで審査を行つたという事情さえ窺い知られるのであるから本件における町長解職請求が署名簿の署名に関する本案訴訟の裁判の結果、鴻巣町の有権者総数の三分の一の署名を欠くことになつて違法なものとなる可能性は全然皆無とまではいえないにしても甚しく乏しいものと考えなければならない。從つて本件の解職賛否投票が行われた場合に相当多額の費用を要し、更に右投票において解職に賛成する者が過半数あつた時には直ちに申立人がその職を失うことになつてそのために申立人に対して回復しがたい損害を與えることがあり、それを避けるため申立人にとつて緊急の必要があるとしても、本件申立の基礎となるべき事実について上述のような事情が認められる以上解職賛否投票施行の告示の効力の発生を停止して投票の施行を阻止することは許されないものといわなければならない。けだし解職請求の署名簿の署名の効力につき爭があつて異議申立に対する決定の是否が終局的には本案の判決に委ねられている以上解職賛否投票を施行する以前において署名の効力に関する多少の疑義が随伴することは当然考え得られることであるから、本件の場合のような些少な疑点に拘泥して本案判決前にたやすく投票の施行を停止するということはリコール制度の設けられている本來の趣旨に反するものといわざるをえないのであつて、そのような場合には先づ町民の自由なる意思による賛否投票の結果に待つのが公共の福祉に副う所以であるからである。

よつて申立人の本件申立は理由がないからこれを却下すべきものと認め申立費用の負担については、行政事件訴訟特例法第一條、民事訴訟法第九十五條、第八十九條の規定を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 大中俊夫 立岡安正 西迪雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!